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6月の第一週、研究室に所属する博士課程大学院生の西川さん、伊原さん、修士課程大学院生の朝比奈さんと一緒に知床半島の漂着ごみ調査に出かけました。現地でのヒグマをはじめとする野生動物に対する安全対策のため、ガイドの金森春菜さんにご同行いただきました。
 2023年と2024年の調査を実施した知床岬の啓吉湾でまず調査を実施し、その後、ポロモイとアウンモイ地区で調査を行いました。ポロモイとアウンモイ地区は2025年に続く2回目の調査でした。引き続き、長年調査を実施しているルシャ地区で調査を行う予定でしたが、南東の風による波浪のため、ルシャ地区にアクセスすることは叶わず、残りの日々はウトロから斜里にかけての海岸と羅臼から標津にかけての海岸において漂着ごみの調査を実施しました。
 複数回調査を実施している場所では、漂着ごみ分布に変化が見られ、今後の解析が楽しみです。

啓吉湾2026

道北の湿原表面の水文状態にみられる季節的な変化を空撮画像から解析すべく、1泊2日の短い日程で撮影に出かけてきました。札幌を朝発って、目的の湿原に到着したのが14:00。天気は良いものの、風がやや強く撮影条件としては難ありでした。翌日もやや強い風が予想されていたので、ほぼ1時間かけてSfM-MVS写真測量に必要な撮影を実施しました。
 海岸部の宿で目覚めた翌朝はやはり強風。今日は難しいかなと思っていましたが、湿原に着くと穏やかな天気でした。前日よりも良い条件です。再び1時間ほどかけて、Matrice 300RTKとZenmuse P1カメラを用いて4000枚ほどの空中写真を撮影。これまで季節を変えて同様な撮影を行なって来たので、これらの画像を用いて湿原表面の季節変化とそれにともなう水文条件の変化を解析する予定です。この課題に取り組むのは、この4月から当研究室のメンバーとなった永井啓宇さん。大学時代に地理学を専攻し、大学院ではその知識を活用しながら、湿原の表面変化とそれに及ぼす環境要因との関係を調べます。ちょっと忙しい調査でしたが、春の北海道を満喫してくれたことと思います。

丸山湿原

今年度最初の野外調査は北海道北部の猿払川とその沿岸でした。早いもので、今年度は令和6年度に開始した王子ホールディングスとの共同研究の最終年度。猿払川が輸送する溶存鉄が沿岸域の基礎生産に与える影響を明らかにし、森林・湿原を有する河川流域が沿岸域に及ぼす生態系サービスを可視化する試みです。さらに、ネイチャーポジティブの視点から沿岸域の生物生産に及ぼす湿原の経済的価値を試算することも試みます。そのためにも、湿原に源を持ち、猿払川が輸送する溶存鉄が河口から沿岸域にかけてどのような生物化学的過程を被り、どこまでどの程度輸送されるのかを明らかにしなければなりません。昨年度は7月の渇水期に沿岸での海水試料採取を行い、渇水期には河川の沿岸海水に与える影響が限定的であることを明らかにしました。そこで、今年度はまず最初に河川の流量が1年を通じて最大になる融雪洪水時期を狙い、岐阜大学と秋田県立大学の共同研究メンバーとともに早春の猿払村を訪ねました。
 今回も船を出していただくのは浜猿払の横山船長です。あいにく、我々が訪れた4月第一週は、天候状態があまり良くなく、船を出せるチャンスが少ないだろうという事前情報を得ていました。猿払村に到着した翌日の早朝だけが限られたチャンスであるという横山船長の言葉を信じ、早朝に港を出発し、およそ5時間で予定していた40地点の海水試料の採取を終えることができました。港に帰る途中から風が強くなり始め、その後数日間は強風が吹き荒れていたので、横山船長の的確な判断には感謝の言葉しかありません。
 残りの期間は、猿払川本流の各所で河川水の採取を行いましたが、残雪の上に残された巨大なヒグマの新鮮な足跡に一同戦慄を覚えつつ、5日間の調査を終えることができました。観測・調査にあたり、猿払漁協の木原さん、横山船長、そしていつもお世話になっている笠井旅館のご夫妻、王子ビジターセンターを利用させてくださった王子木材緑化株式会社旭川営業所には厚くお礼申し上げます。

2025年度修了生

猿払川で実施している水位観測のデータ回収と機器のメンテナンスのために、10月15-17日の日程で出かけてきました。猿払川は2級河川のため、北海道開発局による流量観測が行われていません。北海道総合振興局稚内建設管理部が水位を観測していますが、データは公開されていません。我々の研究目的は、湿原を起源とする溶存鉄が猿払川流域で河川に流出し、それが河口から沿岸域に供給される結果、どの程度、沿岸域の基礎生産に用いられているのかを評価することです。そのためには、猿払川の各所の流量を求め、溶存鉄濃度と掛け合わせることで、猿払川から沿岸に流出する溶存鉄のフラックスを年間を通して求めたいと思っています。

記録された水位データを見ると、春の融雪洪水とは別に、この夏は8月初旬から9月下旬にかけて、何回も春の融雪洪水を上回る出水があったことがわかりました。宗谷地方を襲った大雨による洪水です。河口域の水位データと一緒に測定している河川水の電気電動度のデータを見ると、このような洪水時には、潮汐による塩水遡上は河川水の流出によって停止し、持続的に沿岸域に大量の淡水が供給される様子がわかります。猿払川のように小さい流域の河川は、このような洪水イベントが沿岸域に大きな影響を与える機会なのかなと推定しています。ですから、融雪期や夏の大雨による洪水時の湿原や河川、そして沿岸の状態をより詳しく観察・観測することが必要であると思います。

秋の湿原はいろどり鮮やかで、静寂に包まれています。1人での観測はヒグマとの遭遇に怯えながらの作業です。ドライスーツで身を固めても水の冷たさが堪える時期になりましたが、結氷の直前までこの観測は継続したいと思っています。

湿原の秋

2週間のスイス実習期間の中には、大学院生が独自の課題を設定し、スイスの各地を訪れる研修日が1日あります。私は例年、ツェルマットに滞在し、マッターホルンの下部に広がるオフィオライト帯を歩いて過ごしてきました。ところが、今年はツェルマットの常宿であるバンホフ・ホテルが改修のため、手頃な値段の宿を見つけることができず、研修日は別のテーマを考えることにしました。いろいろ思案した挙句、大学院生の頃から興味を持っていたスイス西部の街、ヌーシャテルを訪ね、背後のジュラ山中にある迷子石を見学する旅です。

19世紀の初頭、アルプス山脈から遠く離れたジュラ山地の中腹にある巨石のの起源をめぐって、イギリス、プロイセン、スイスの研究者が様々な議論を交わしていました。石灰岩からなるジュラ山地に点在する巨石は、主に花崗岩からなり、この花崗岩は遠く離れたモンブラン山塊を起源とするものであることがわかっていました。問題は、100kmも南にあるモンブランからジュラ山地まで、どのようにして運ばれたのかという点です。古来、これらの巨石は、聖書の創世記に書かれているノアの洪水によって運ばれたと信じられてきましたが、19世紀の初頭になると、別の考えも出てきました。プロイセンの地質学者フォン・ブーフはアルプスの爆発的な隆起に伴って飛来したと考えました。イギリスの地質学者バックランドやライエルは、ダーウィンの南大洋での観察に基づいて、氷山が輸送したという説を唱えました。これらの仮説に対し、氷河の身近で暮らすスイスの猟師ペローダンや工学技師のベネッツは、氷河によって運ばれた可能性を考えました。この2人の経験に基づく仮説は、ローヌ谷の在野の科学者であるド・シャルパンティエによって精緻化され、さらにこの考えを急速に理解した古生物学者のアガッシによって広く世に問われ、ここに大規模な氷河がかつてヨーロッパを広く覆ったという氷河期の考えが登場します。1830年代末のことです。1837年7月24日にヌーシャテルの自然科学会の年次総会で会長のアガッシがこの説を突如として発表した際、参加者は大いに困惑したそうです。

ヌーシャテルの街はヌーシャテル湖を南に、ジュラ山地を北に配する美しい街です。目的地はヌーシャテルの街の背後にあるPierre-à-botの迷子石です。急斜面に沿って立ち並ぶ高級な住宅街をあみだくじのような道に沿って登っていくと、ぶどう畑が広がります。そのぶどう畑のさらに上にある山林の中にPierre-à-botの迷子石はあります。人物と比べると、その石の大きさがわかります。角張った外形は、この石の輸送に流水が関与していないことを想起させます。驚いたのは、現地にはこの石に関する説明はなく、あるのは石の位置を示す簡単な道標と、石にはめ込まれた二つのプレートだけです。その一つには、この石の由来がフランス語で記されていました(下の英訳はWorsley (2024)による)。

“To the memory of Louis Agassiz, Arnold Guyot, Edouard Desor, Leon Du Pasquier: pioneers of glaciology and Quaternary geology; this erratic block named toad stone was provenanced in the Mount Blanc massif and transported by the ancient Rhone Glacier”

当日はヌーシャテル湖を前景に、その南に広がるアルプス山脈は雲の中でした。この遠く離れたアルプスの氷河が拡大し、ジュラ山地までこの巨石を運んだと想像することは、あの当時どんなに困難だったろうかと思い、その仮説の検証と普及に努力したスイスの研究者たちに深く感銘を受ける1日でした。

迷子石

王子ホールディングスとの共同研究で進めている猿払川流域の湿原が河川を通じて沿岸域に供給する生態系サービスを解明すべく、当研究室の岩堀佑さんと澤田隼輔さん(ともに修士2年)と共に、猿払川河口を中心とした沿岸域において、河川の影響を解明するための海水採水を7月29日に実施しました。横山茂船長の操船する長栄丸にお世話になり、猿払川河口から東西10km,沖合4kmの範囲に40地点の採水ポイントを設け、表層海水と10m深の海水を採水しました。また、翌日には猿払川と狩別川の流域の約30地点で河川水の採水を行いました。今回は渇水期間ということで、河川水の影響を海域で検出するには一番条件の悪い期間となります。今後は降雨後や融雪洪水の時期を狙って、同様な観測を繰り返すことで、猿払川が輸送する湿原由来の溶存物質が海域にどのように輸送され、拡散し、沿岸域の一次生産に役立っているのかを解明したいと思っております。本観測を実施するにあたり、猿払村漁業協同組合の木原智彦開発研究室長と横山船長にはたいへんお世話になりました。また、猿払村の笠井旅館にもさまざまな点でご協力をいただきました。以上の皆様に感謝申し上げます。

知床沿岸観察

6月19日から23日にかけて博士研究のテーマとして、知床で漁業番屋の研究を続けている伊原希望さんの調査に同行しました。近年次第に利用されなくなった番屋に注目し、その現状と背景を解明しつつ、国立公園内に分布する番屋の価値を、漁業の観点はもちろんのこと、更に広い観点から再定義しようと試みる研究です。世界自然遺産に立地する番屋なので、国際法や国内法の観点からも検討する必要もあり、北海道大学大学院法学研究科の児矢野マリ教授(国際法)と京都大学法学研究科の島村健教授(環境法)にも同行していただきました。また、現場でのさまざまな危険に対処するため、山岳ガイドの樋口和生氏に現地での安全対策のために同行していただきました。

知床半島のオホーツク海沿岸を対象に、菊池光男船長の操船による第18晃洋丸からの目視調査を行うとともに、ウトロ周辺の海岸においては、知床アウトドアガイドセンターの関口均さんの案内で海上から海岸の様子を観察することができました。

これらの調査とは別に、研究室で進めている知床半島の海岸漂着ごみに関する研究については、同行した樋口和生氏のご紹介で、長らくこの地で海岸清掃のボランティア活動を続けてこられた赤澤歩氏や、自然ガイドで知床科学委員会委員でもいらっしゃる松田光輝氏にお話しを伺うことができました。また、今後についても知床財団の山本幸氏に相談させていただき、ワークショップ開催のご協力をお願いいたしました。

短い滞在でしたが、今後知床で研究を続けていくにあたり、重要な情報を得ることができた実り多い調査でした。

知床沿岸観察

2024年度より王子ホールディングスとの共同研究として「森の価値見える化プロジェクト」を道北の猿払川流域で進めています。我々のチームの役割は、森や湿原から供給される溶存鉄がオホーツク海沿岸の基礎生産に果たす役割を解明し、森林・湿原流域の生態系サービスのひとつとして、海洋への貢献を明らかにすることです。

猿払川から河口を通じて沿岸域に輸送される陸域起源の溶存鉄の総量を見積もるための観測を5月16日から19日にかけて実施しました。河川に流量を計測するための横断ラインを設置し、この断面を単位時間に通過する水量を観測で求めます。湿原河川はその断面形状が箱型をしていることが多く、河幅の割に水深が大きいことが特徴です。このような河川では、小回りがきき、機動力の高いカヌーが役に立ちます。

猿払川流量観測

4月4日から7日にかけて、岐阜大学の大西健夫教授や秋田県立大学の田代悠人助教の研究グループと共同で宗谷の猿払川流域において湿原と河川を対象とした現地調査を実施しました。まだたっぷり雪が残る道北に春がやってくるのはもう少し先のようです。

猿払川河口